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ドゥアー(祈願)についての短文

作者: M.F.ギュレン オン . で掲示される こわれた壷

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アッラーとの結びつきを堅固に保たなければならない。これに関して最も重要なことの1つは、人間とのかかわり、関心である。あなた方は不思議な感じをおもちになったかもしれないが、人々に心から関心を寄せ、彼らと真の結びつきを作ることは、恵みの主がお喜びになるきっかけとなるので、たいへん大切である。

今日ムハンマドの共同体においても、(科学的)諸原因への信頼性が誇張されている。それが、すべての原因の持ち主、原因を作り出されるアッラーと私達の関係にひびを入れ、壊してしまった。もう人々は、 50 年前の人々に比べると、アッラーの存在をそれほど強く感じる事も、知る事もない。アッラーを愛するもの達に対しても関心を示さなくなっている。本来はアッラーの存在を清らかな心で感じる事、アッラーを熱愛するもの達を愛することが、この上なく重要な事柄である。

私の感じている事をお話しよう。私は礼拝後、ドゥアーする時、私の両手をあなた方の手の下に置くように感じながら祈願する。私のドゥアーがあなた方のドゥアーとともに、天上にあらせられる仁慈あまねくお方の高さまで高められるよう、強く望んでいる。

カスィーダ・イ・ブルダ ( 注1 ) から「彼こそは預言者であられ、アッラーの愛で給うしもべであり、遭遇する諸々の危険や恐ろしい状況でも彼の執り成しを希求し得るお方であられる。あらゆる被造物の中で、最も善きお方、愛で給われたお方に 平安と祝福が永遠にあたえられるように」の部分を サラフィー・サーリヒーン ( 注2 ) の方々は困難に見舞われた時に 1000 回読んだそうだ。

「主よ、私達を罪のために罰しないで下さい。主よ、私達の罪のために、あなたを恐れず、慈悲をかけない者達に私達を送らないで下さい。この世でも来世でも善きことをお与え下さい。あなたは 誠に凡てのことに全能であられます。」 は、あまり有名ではないが先人達によく読まれていたドゥアーの1つである。

人々があれやこれやと他人をののしるかわりに、ドゥアーをして、その時を過ごせばよろしいのだが・・・形式的に金銭と言う報奨のためにクルアーンを読誦するのではなく、各々がその人自身の心の奥底からにじみてくるような声でアッラーに切願したらよろしいのだが・・・真の主に命令や号令を与えるようにではなく、乞いねがう者のように彼の扉の取っ手に触れればよろしいのに・・・むき出しの場所で見せかけにではなく、誰もいない、ただアッラーに向かうことのできる静かな入り江のような場所でアッラーに悩みを打ち明けるとよろしいのに・・・

ドゥアーするとき心の清らかさ、純粋さを失わないように注意する必要がある。人々と共にいる場所で、この清らかさをバランスよく保ち続けることは、大変むずかしい。このバランスが取れない者はドゥアーする時、静かな場所を選ぶべきである。一方、人々の間でも、人間の存在を我関せず、私達の主にドゥアーできる方ももちろんおられる。その心を持つ方にはなにも申し上げる事はない。

祈願するとき私達の心に思い浮かぶ感情や考えをアッラーはすべてご存知あられる。他ただ、それらを音として発するなら、記録する天使達がそれらを書き留める。その時私達のドゥアーはアッラーのご承諾を得るための申請書のような役目を果たす。声にしてもしなくても、場合に応じて、ドゥアーはそれぞれ違った意味を持つ。

人は時には、主とむかいあい、主に大変近い状況で、ドゥアーすることがある。と、その瞬間、心の底からの呟きと共に、人は全く違った世界へ飛び込む。それはなんともすばらしい瞬間である。幻のような想いの深淵な世界から、天使達は天使達の世界へと飛翔し、そこで、ジブラーイル ( 彼に平安あれ ) に激励されたかのように、彼自身の背中はやさしく撫ぜられ、「祈願を続けられよ。」と語られるのを耳にするのである。

ドゥアーする時の私の感じる精神状態をあなた方と分かち合いたいと思う。ドゥアーする時はいつでも、人類の誇りであられるお方の平安をも祈願する。その後に一人一人すべての名を想念する。そして、「彼の預言者達と使徒達の兄弟達に、アッラーの側近の天使達に、そして、天国と地上の者達の中から、正しくあなたに仕える者たちに平安あれ」と申し上げながら、他の預言者達をも、いつもドゥアーに加えている。さもなくば、まるで、聖アーダム(アダム)、聖ヌーフ(ノア)、そして他の方々がまるで私に話しかけてくださらないかのように感じ、私は(混乱した)精神状態に陥ってしまう。

同じような精神レベルを維持しながら、死後、真の主のお許しと恵みをいただいたと思われる方々のためにも、同様のドゥアーをする。偉大な方を想念する。

もちろん、これらの方々は私のドゥアーなど必要としていない。が、「なぜあなたの結びつきはこれほど弱いのか」と私の心の叫びが聞こえてくる。さよう、彼らとの結びつきを堅固に保つべきである。彼らは、アッラーのおそばで、彼の庇護の許に、インシャアッラー、恵み深き主のお喜びを得ている事を信じる事が必要である。

偉大な方々に赴き、彼らとの結びつきの中で、アッラーにある事をドゥアーする時、よくよく注意し、ドゥアーする言葉を充分選んで使わなければならない。「神の側近者たちに免じて、敬意を込めて」というように使おう。ドゥアーはアッラーのみに行い、アッラーにのみ懇願しなければならない。さもなくば、逆に、その偉大な方々に害を与える事にもなり、それどころか、(アッラーがおまもりくださるように、)知らず知らずのうちに、多信仰という大洋に、帆を掲げて向かってしまう事になる。

(注1)カスィーダ イ ブルダ:ムハンマド・ブン・サイド・ブサイリーによって書かれた預言者 ( 彼に平安あれ ) を讃える詩。フルカの 頌詩 、フルカとは外套のこと。

(注2)サラフィ・サーリヒーン: 預言者 ( 彼に祝福と平安あれ ) の教友、教友たちを見た人々(ターイィービン)、そして教友たちを見た人々人々を見た人々の三世代の祝福された人々 。