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イスラーム学者ギュレンはイスラームの名における爆撃を拒絶している

作者: fgulen.com オン . で掲示される ニュース

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イスラーム学者ギュレンはイスラームの名における爆撃を拒絶している

トルコのイスラーム学者フェトゥフッラー・ギュレンは、イスラームの名におけるテロリスト攻撃と爆撃を明確に拒絶し、テロリストが本当のイスラーム教徒であると太鼓判を捺すことはできないと付け加えました。

ギュレンは宗教間対話のインスピレーションを与えるスピーチでよく知られているイスラーム学者です。ペンシルベニアの住宅で彼の学生たちに行なったスピーチで、 ギュレンは、イスラームの名においてされる攻撃について詳細に話し、本当のイスラーム教徒は決してテロリスト攻撃を犯すことなどできないと強調しました。 彼のスピーチは fgulen.com (しばしば彼のメッセージを放送するウェブサイト)に木曜日に発表されました。

ギュレンの発言はナイロビのモールで銃撃により60人以上の人々が犠牲になり人質が危機にさらされた事件の後になされました。 今週は、イラクとパキスタンで教会とモスク爆撃により数十人の民間人が亡くなるという状態で、中東は特に血まみれとなりました。

「非常に残忍な事件がシリアからパキスタンとケニアまで広範な地域でイスラーム教の名前のもとに起きています」、と ギュレンが想記しました。彼は、加害者がイスラーム教徒の神聖な啓典クルアーンがそれを命令していると主張した後でモスクと教会を爆破していることを指摘しました。ギュレンは中東の事態がイスラーム教徒にとって恥であり、そしてそれがイスラーム教の顔を汚していると言いました。

一般に彼の追従者によって 「ホジャ・エフェンディ」 として知られているギュレンは、イスラーム教徒に帰されたテロリスト攻撃が、ある時には彼が「未熟な魂」と呼ぶイスラーム教を理解し損ねている人々によって、時には感情が極端に刺激された若者によって、また別の時にはイスラーム教徒の姿に変装させられた人々によって、そしてさらには薬に酔った犯罪者によって引き起こされていると言いました。

ギュレンは、イスラーム教では平時と戦時の両方の時代に関してすべてが成文化されていると述べました。 彼は、イスラームでは、個人が自らで戦争を宣言することはできない、平時に人を殺すことを決めることはできない、激しい戦争の間にあっても女性や子供や高齢者を殺すことはできないと言いました。そしてイスラーム教徒は戦争の間でさえ、敵の礼拝所を攻撃することが同じく絶対的にできないと述べました。「これらすべてを考えると、自爆攻撃、自爆テロ犯あるいは類似のテロリスト攻撃を正当化することは決してできません」と彼は強調しました。

ギュレンは、預言者ムハンマドが、13年間過ごしたメッカ時代に被ったあまりにもひどい責め苦に耐え、そして彼に石を投げた人たちがただ正しい道を見いだすことを祈っていたと述べました。預言者ムハンマドが、あらゆる圧迫を経験したにもかかわらず決して暴力に訴えず、そしてイスラーム教徒が従事したバドル、ウフドとハンダクの戦いが本質的にただ防御的であったと言いました。

彼は預言者ムハンマドが、血を流さず、心を壊さず、あるいは敵意を広げさせないように最善を尽くして問題を解決する方法が宿命の敵を彼の仲間に変えたと言いました。そして当初、さらにはメッカの征服の際でさえ最大の対抗者の1人であったにもかかわらず、預言者の仲間と主導的なイスラームの指揮官になったイクリマ・イブン・ジャフルを引き合いに出しました。

ギュレンは同じく、初期のイスラーム学者アブドラ・イブン・アッバスが不当に罪のない人を殺す人たちが永久に地獄に留まるであろうと言っていると述べ、テロリズムが神聖なクルアーンで地獄の処罰が警告される犯罪の一つであると言いました。

「自殺(爆破者)は永久に地獄に落ちるでしょう、そして彼らは彼らが殺した罪のない人々のために釈明を求められるでしょう」とギュレンは付け加えました。

彼は利害の衝突、政党や派閥間の抗争、反民主主義の実行と人権侵害がイスラームの地理で多くの「不満なグループ」をもたらしたと言いました。ギュレンはこれらのグループの若干が「様々な諜報機関」によってだまされるほど無知であり、彼らの目的のために使われていると言いました。

ギュレンは彼がイスラーム教の名前で犯された暴力を一方的であると考えていないと言いました。

彼は他の人たちによってテロリズム目的のために使われることとなる、価値の退廃を招いたイスラーム教徒にも責を帰しました。

ギュレンは精神的な、そして根本的な人道主義の価値の欠如が、無知の根源にあり、それはテロリズムに導き、そして若干の青年が操作されて、そして「他の人たちによって書かれたシナリオのプレイヤー」として利用されていると言いました。

彼は同じく代表的な立場にある人たちに行動や発言には用心深くならなければならないと促し、人々に教会破壊を呼びかけることは、他の人々にモスク破壊やモスクにいる人々への爆弾攻撃を呼びかけていることを意味すると言いました。

「あなたが蒔くものはあなたが獲得するものです」とギュレンが言いました。「人々は良いものを蒔くべきです。」

ギュレンはイスラーム恐怖症(Islamophobia)に関連して彼が「世界パラノイア」と言及するところのものが最近のテロリスト攻撃によって新たによみがえったと言いました。 自己批判をし、ギュレンはイスラーム教徒が同じくこの問題の普及を起こす過ちを犯したと述べました。これらのミスを認め、正すことが問題を解決することにおいて非常に重要な役割を果たすであろうと述べ、第一次世界大戦中の東トルコからのアルメニア人集団国外追放を事例として引き合いに出しました。

ギュレンは、エルサレムで総主教に礼拝を行ってもいい場所を教えてくれるように頼んだ第二代カリフ、ウマル・イブン・ハッターブの物語を引用しました。牧師が彼に教会のどこででも礼拝していいと伝えたとき、カリフ・ウマルはこれを断り、教会の外で礼拝することにしました。礼拝を終えた後、ウマルは総主教に、他のイスラーム教徒が彼の判断に従い、教会をモスクに変換するかもしれないから、教会で礼拝するのを故意に避けたのだと話しました。

「これが我々でした」と ギュレンは強調しました。「内部あるいは外部から、ある人たちが我々を、我々の遺伝子を駄目にしました。彼らは我々を変え、我々を野蛮人にしました。」 ギュレンは彼が以前した有名な発言に言及しました。「テロリストはイスラーム教徒であるはずがない、そしてイスラーム教徒はテロリストであるはずがない」。 彼は、完全にイスラーム教を認めて、そして理解したイスラーム教徒がテロリストになることは不可能であり、そして本当のイスラーム教徒が意図的にテロ行為を犯すことは決してないだろう、そしてテロリストを本当のイスラーム教徒として見なすことはできないと言いました。 

「テロリストがイスラーム教徒の中から出てくることは無いだろうか?」「あり得るだろう、しかし彼らはイスラーム教徒の特徴を失うだろう。彼らは健全なイスラーム教徒と呼ばれることはできない」。ギュレンは自問自答して言いました。

彼は戦争さえそれ自体のルールを持っており、人は戦わない人たちに対して戦うことができないと言いました。預言者ムハンマドが彼の兵隊を防御的な戦争に対して準備させたときはいつでも、崇拝所に避難した人たちに、あるいは女性たちや子供たちに何もしないよう命じたものでした。

彼は預言者ムハンマドのルールとテロリストの行為の折り合いをつけることは不可能であると言いました。