イフラース(誠実さ、意思の純粋さ)

イフラースは、まっすぐであること、誠実であること、純粋であること、意思と行為において見せびらかしや誇示といったことから距離をとること、心を曇らせたり汚したりするものに対しては心を閉ざすことなどと訳されてきました。これには、意思の純粋さ、まっすぐな思考、アッラーとの関係において現世的な目的を求めないこと、アッラーの忠実なしもべであることも含まれます。

誠実さは最も敬虔でありアッラーに対して忠実である人々の最も重要な性質の一つです。忠実さを水源、そこから湧き出る甘い水を誠実さだと考えることができます。預言者ムハンマド(彼の上に平安と祝福あれ)は、「その水を四十日間絶え間なく飲み続ける者は、その心から舌へと英知の水路が通ることになり、その者は常に英知を語るようになる。」とおっしゃられました。

忠実さや敬虔さは預言者の重要な特質であり、誠実さはその輝かしい一面です。誠実さは預言者たちには生来備わっているものですが、他のすべての人々は人生において手に入れようとします。例えば、聖クルアーンでは預言者ムーサーは誠実な者として創られたと描写されています。(19:51)

預言者たちのメッセージを伝える人々にとって、どの時代でも空気や水がそうであるように、敬虔さと誠実さは預言者たちにとって本質的で不可欠なものなのです。その上、それらは預言者たちの最も重要な力の源でした。預言者たちは、誠実さなくしては一歩たりとも進むことはできないと考えていましたし、預言者たちの掲げられた理想の承継人たち[林1] はそれがなくてはできることは何もないと信じなければなりません。敬虔さと誠実さは二つの翼であり、アッラーの慈悲や恩恵からそれぞれの心へと広がる二つの深い海であります。この翼で飛べる人やこの海を渡れる人は、アッラーの保護の下で目的地へ辿り着くことができます。アッラーはアッラーのお喜びのためにされたことを評価されます。外見上の大きさや重要さ、行いの量は関係ありません。そのため、アッラーは誠実さなく行われた多くの善行よりも誠実さをもって行われた一つの小さな善行の方を評価されるのです。

誠実さは心の性質であり、アッラーはそれぞれの心の性質によって個人を見られます。預言者ムハンマド(彼の上に平安と祝福あれ)は、「確かに、アッラーはあなたがたの肉体や外見については評価されない。あなたがたの心を見られるのである。」誠実さは、少ないものを増やし、浅いものを深め、限界のある崇拝に無限の報奨を与えられるために、純粋な心を持つ者に認められたアッラーからの秘密の貸付金なのです。受け取った人は、それを現世と来世の市場で最も価値のあるものを買うために使うことができます。それは、他の人々が大変な惨めさに苦しんでいるところにおいて、高く評価され、歓迎され、尊重されるからです。この誠実さの不思議な力のために、預言者(彼の上に平安と祝福あれ)は「宗教において誠実でありなさい。(誠実さを持った)小さな行いであなた方には十分なのです。」「行いにおいて誠実でありなさい。アッラーは誠実さを持って行われたことだけを受けれられるのだから。」とおっしゃられました。

行いが肉体だとすると、誠実さはその魂ということができます。行いが二つの翼の片方だとすると、誠実さはもう片方です。魂のない肉体には価値がなく、一つの翼だけで飛べるものはありません。マウラナ・ジャラール・アッ=ディーン・アッ=ルーミーの言葉は何と素晴らしいのでしょうか。

すべての行いにおいて誠実であるべきである。
そうすれば、偉大なる主に受け入れてもらえるかもしれない。
誠実さは服従の行為という鳥の翼である。
翼なくして、どうやって幸福の住まいまで飛んでいこうというのだ?
次のバヤズィド・アル=ビスターミの言葉もまたとても適切です。

私は三十年間自分の強さの限りにアッラーを崇拝してきた。そして「おぉバヤズィドよ!アッラーの宝物は崇拝行為で満ちている。アッラーに近づきたいと思うのであれば、アッラーのドアにおいてはどれだけ自分が小さいかを見、行いにおいて誠実であれ。」という声を聞いた。

義務以上の善行を行うときに、見せびらかしや誇示にならないようにするために、他の人々から隠れることが、ある人々にとっては誠実さです。宗教的行為を行う際に他人から見られているかどうかは重要ではないということが誠実さである人々もいます。また、崇拝行為やアッラーのご満悦を求めて行う宗教的行為に没頭するが故に、自分が誠実であったかどうか覚えていないことが誠実さになる人々もいるのです。

自己監督は誠実さの不可欠な一側面であり、本当に誠実な人は得られうるどんな精神的満足をも考えず、それが楽園の入り口を開いてくれるものかどうかを考えたりもしません。誠実さはアッラーとしもべとの秘密であり、アッラーは愛される者の心にそれを与えられるのです。誠実さについて気付いた心の持ち主は、称賛も非難も、高い地位を与えられても貶められても、行為に気付いていてもいなくても、報奨があろうとなかろうと、気になりません。このような人は、他人がいる場所でもいない場所でも変わらずに振舞うのです。


[林1]"the representatives of the cause of Prophethood"

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