礼拝中に

最初のタクビールに続いて「天と地を創造されたお方に従順を誓いつつ私の顔を向け、それ以外の全てに背を向けます。私は決して他の何ものであれ崇拝しません。私の礼拝、私の崇拝行為、私の生と死は全て、世界の導き者であられるアッラーのためのものです。そのお方に比類するものは何もありません。私はこの形で任務を受けたのです。そして私はイスラームを信じる者です。アッラーよ、あなたは王であられます。あなたの他に神はいません。あなたは私の神であられ、私はあなたのしもべです。私は自らの我欲を抑圧して来ました。私の罪を白状します。私の全ての罪をお許しください。あなたより他に、罪を許されるお方はいません」[1]

立礼(ルクーウ)で唱えられるお祈りは次のようなものだった。「アッラーよ、あなたにルクーウいたします。あなたを信じます。あなたに従順を誓います。私の耳、目、全ての器官、骨、神経、そして私の足が運ぶ全てのものが、世界の導き者であられるアッラーの前で身をかがめ、従っているのです」[2]

立礼から体を起こされると「アッラーよ、感謝はあなたにこそふさわしいものです。天空と地と、その間を埋め尽くすほどの感謝をあなたに捧げます。そして今後、甦らせられる全てを満たすほどの感謝をあなたに捧げます[3]」とお祈りされた。

平伏叩頭(サジダ)では「アッラーよ、あなたにサジダいたします。私の顔は、それ自身を創造され、形づくられ、耳と目を与えられたお方にサジダしました。信者たちにとってかけがえのない存在のアッラーは何と偉大なことでしょうか。アッラーよ、私の罪の全て、小さいものも大きいものも、これまでのものもこれからのものも、隠されているものも隠されていないものも、全てをお許しください[4]」とお祈りされた。

人は、崇拝行為の他にどのようなことをするだろうか? 食べ、飲み、眠り、起き、笑い、泣き、悲しみ、喜ぶ。結婚し、子を持つ。新しい服を着る。旅に出る。旅から戻る。戦う、戦いから戻る。悪い知らせを受ける。良い知らせを受ける。愛する親友と出会う。病気になる。病気から救われる。眠る。嬉しい夢を見る。怖い夢を見る。これ以上にも何百もの事を行い、何百もの状態になる。預言者ムハンマドはこのような状況のほとんど全てにおいて、状況を改善されるためにお祈りをされた。そしてその人間性を、神の世界と結びつけられたのである。

人にとって、周囲で発生する出来事もある。こういった出来事は人にも関わってくる。例えば、飢饉、貧窮、旱魃、火事、洪水、竜巻といったような天災は、直接個人に加えられた危害ではなかったとしても、結局害をこうむるものである。集団との結集や、こういった状況においてアッラーへ心を傾けるために預言者ムハンマドが唱えられたお祈りがある。

 


[1] Muslim, Musafirun 201; Tirmidhi, Daawat 32
[2] Muslim, Musafirun 201; Abu Dawud, Salat 119
[3] Muslim, Salat 202-203, Musafirun 201; Tirmidhi, Daawat 32
[4] Muslim, Musafirun 201, Salat 216; Abu Dawud, Salat 119; Tirmidhi, Daawat 33

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