その他

「シェマイル」と言われるアッラーの使徒ムハンマドの外形や衣服や態度について語っている本では、このお方の全ての面が説明されている。体格という面から、預言者が完成された人であられたのと同様、精神や性格といった観点からも、このお方は完全であられた。聖アリーによる言葉で、次のように語られている。

「アッラーの使徒は、気前のよさにおいては人のうち最も気前のよい方であった。その心は、その広い優しさによって、人のうち最も広い心を持っておられた。(非常に重い荷を)背負わされ、それでも文句など言われず、想像を絶するほどの苦労に耐えられ、様々な責め苦や拷問、非人間性に対して、常に人間性を持って振る舞われた。このお方は言葉という観点からも人のうちで最もふさわしい方であられた」

つまり、その言葉が正しい人であられた。冗談を言われる時でさえ、一つの言葉の四十分の一ほどの偽りを含んだ言葉でさえ口に出されなかった。夢でさえ、その口から嘘が出たことがなかった。居ずまいが正しく、正しく話され、正しく考えられ、そして正しさへと導かれた。

そのお方は非常に自然な方であられた。おそばに座ったとし手も、決して苦痛に感じることはなかったであろう。あなたの友人と座っているかのように、あなたを楽にされたであろう。このお方には実に自然な、偉大な精神があり、誰もこのお方の段階に達することはできず、このお方のように座ることも、このお方のように考えることもできない。このお方のようであることはできないのである。このお方は御自分の周りに集まった者たちの段階に降りられ、おそばにいる者を決してその間にある違いで苦しめられることはなかった[1]。

どこかで、御自分のようには歩けない人を見ると、最も力のない者のペースで歩かれた。このようになることを命じられたのもまた御自分であった。生涯の全要素を対象としたこの基本は、常に適用されていた。

出身部族という面からも、預言者ムハンマドは最もよい血統の方であった。このお方を見た者は皆このお方を愛した。特に、近くにいた者たちは、このお方を誰よりももっと愛した。聖アブー・バクルはこのお方に誰よりも近かった。そしてこのお方を誰よりも愛した。

このお方の前にも後にも、このお方ほどに愛される人を示すことは不可能である。ある者は言葉で、ある者はその様子で、しかし信じる者は全て、心から次のように言ってきた。そしてこれからも言い続けるであろう。

「あなたに対して心が高ぶるのはなぜだろう?

姿は日のように輝いているのはどうしてだろう?」

そう、そのとおりなのである。なぜならこのお方は全ての世界の神が愛されておられる方なのであるから...

 


[1] Ibn Kathir, Semail, 44; Tirmidhi Manaqib 8

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